2017年5月5日金曜日

人は他人の事を何処まで理解できる?

「お互い話せば理解できる」とよく言われているが、本当だろうか?親、家庭教育、成育環境、学業、社会経験など、各人異なり、各個人の経験歴史が有るのに、「本当に話しただけで、何処まで理解できるのだろう」と、素朴な疑問が起こる。ほとんどの場合は、自分勝手な思い込みで「分かった気」「分かったような振り」をしているだけで、本当は何も分かっていないのではないだろうか?時として「自分自身が自分を理解出来ない事が多々あるのに、他人と話して、他人の事が本当に理解できるのであろうか」?私には、「話をして他人を理解できる、理解する」事は、不可能と考えている。「分かった、理解できる」と言うのは。「相手に対する同情心、慰め、癒し」の為や、「何となくわかったような気分になってい居て、本当は何も分かっていない」が、社交辞令、リップサービスの口先だけで、「相手を安心させる為の詭弁ではないか」と思えるが、言い過ぎだろうか?「他人の事など、話した程度で理解できる筈が無い」と考えるが、如何だろう。貴方には「話しただけで、本当に他人の事を何処まで理解できる」と考えてますか?夫婦が何年も一緒に暮らしていても、理解出来ない事だらけなのに、話しただけで分かると言うのはどうも疑問である。

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