世の中には色々な人がおり、色々な事を考え行動するが、その意味、楽しみ、目的、価値、喜怒哀楽をコントロールしながら、自分なりの生きがいを持ち、見出して生きている。「私は孤独で、寂しい。生きていく意味も、価値、目的、楽しみ、友達も無いから死にたい」などと言ったり考えたり、時には人を襲ったりする者いるが、何故その様な考え方をするのか全く理解できない。最近は生きがいや生きる楽しみを見いだせない若者が多くなっているそうだ。確かに今はコロナ問題で社会活動、経済活動、生活様式や人間関係の変容で、孤独感を感じている人は多いのかもしれないが、自分の生き方、行動、考え、生きる価値や目的など全て自己責任の問題で他人が関わる問題ではない。「自分は孤独で淋しい」と何故考えるのだろう。そんな事を考え言う前に「自分で友達を作り、孤独にならず淋しくない様に考え行動しなさい」という事に尽きる。「孤独、寂しい」と言う人間は殆どが自分から何ら行動せず、常に受け身で人に何かをしてもらう事を期待している様だ。考え方によっては「人間本来孤独、寂しい生き物」と言えるが「一人に成る、一人で好きな事をする楽しみ、一人でいる事も基調でまた楽し」とも考えないのかな?要するに「自分の考え、行動次第で、自分の人生は如何にでもなるし如何にでもできる」という事で、「孤独、寂しい」などと言う時間があるなら、自分のすべき事、やりたい事をを見つけ行動すべき。やるべき事、やりたい事をやっても孤独、寂しい、生きる目的も意味も楽しみも無いなら最終手段を取ればよい。自分が他人に成れない様に、他人は自分に成れないのだから、人を羨ましがっていても何の意味もないし、事態は変わらない。他人は何もしてくれないのだから、他人を当てにせず、全て自分で責任を持って考え、行動すれば楽しいんじゃないの?
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