「カトリック教の聖職者は、自分の考え、言う事は神の声ゆえ、世界の全ての常識や決まりごとは、私の言葉にあり、私が全ての基準である」と考え、行動しているそうだ。世界中の有識者が、聖職者の発言、考え、行動を疑い、自分で聞いたその言葉を疑うほど驚いたそうだ。「聖職者が神か?自分が世界の常識、正誤、真偽の決定者か?」と、聖職者の人間的、人道的正常性、社会常識の異常さを疑ったそうだ。多くの有識者や学者は「聖職者は自己の全てが正しいという考え故、性虐待や性奴隷化で、被害者の人権や人間性を無視し、人生を狂わす程心を傷つけても、平気でいられる。また自分の罪を隠し、秘密化して、信者、信徒前で神の子として平気で道徳的な事が言えるのか?」と納得したそうだ。つい最近まで、カトリック教聖職者の長年に渡る性問題が隠蔽され、世界に知れる事は無かったが、最近どんどん明らかになり、頻繁に報道され始めた。「今の所、日本国内での聖職者による性問題は報道されていない様だが、日本では聖職者による性的問題は存在し無いという事では無いそうだ。日本国内でも近い将来、被害を受け、犠牲に成った信者、信徒が声を上げ始め、報道されるだろう」と考えている人は多いそうだ。とにかくカトリック教聖職者には余りにも非常識、社会規範に無知な人が多い事は事実のようだ。
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