2017年9月30日土曜日
身体障害者として14年目
2003年10月に癌の手術をし、身体障害者となったが、とりあえず生還し、今年の10月で14年目になる。私の終活は2003年の退院の日から始まった。いつあの世に行くか分からない為、いつあの世に旅立っても良い様に悔いのない生き方をすべく、身辺整理と息子家族にはすでに遺言、私の死に関す頃事柄や私の意志などを指示(葬式はしない、親族、知人、友人への連絡はしない、お墓を不必要、死に関する諸手続等々)し、今も生き続けている。残された我が人生を悔いなく生きるべく、自分のやりたい事は極力実行して、日々行動している。余命どの位あるか分からないが、とりあえず終末日をいつ迎えても良い様に、自分の納得のいく生き方を継続し、心の整理は出来ているつもりである。私の終末日もそう遠くは無いだろうが、これからは出来る限り一人で世界を徘徊してあの世に旅立つ行く予定である。
2017年9月29日金曜日
私も2003年から身体障害者の仲間入り
2003年9月、体調不良で医者に行き、内視鏡検査により、悪性腫瘍=癌と判明。内視鏡検査時に私も画像を見て、癌だろうと予測していたが、医師は癌である事を私に中々伝えようとしなかった。私の方から「如何も癌のようですね、先生の診断と所見をお知らせください」と伝え、医者もようやく重い口を開き「ハイ、癌です、このままですと、余命6か月です」と教えてくれた。この事告知を聞いても私は、ビックリもショックも落胆もせず、「これも私の運命と試練か、人生新たな経験の一つとして、受け入れよう」と、何ら抵抗も無く受け入れられた。即入院、手術前の諸検査、そして11時間弱の手術とバタバタとしたが、人生いつも何が有るか分からないので、手術の前日、テープレコーダーに、我が人生を振り返りつつ、私の死後すべき事、家族への感謝、伝えるべき事、遺言を吹き込み、「万が一生還できない時に、聞くように」と息子に残して、手術。成功は成功したが、この日から、私は身体障害者の仲間入りとなりました。与えられた運命と共に今も人生を楽しんでます。
2017年9月28日木曜日
奇人変人の友達
私の人生の中で今迄色々な人々と付合ってきた。私自身が奇人、変人ゆえ、「類は友を呼ぶ」と言われているように、私の友達は皆奇人、変人なのかもしれない。奇人、変人も言い方を変えれば「独創的で、ユニークな人」とも言え、奇人、変人と言うより、格好も聞こえも良い。確かに私の友達は男女問わず、50年以上の友人関係を維持している人も何人かおり、彼らはみな年上で、それぞれ社会的地位も高く、活躍しておられ、私にとっては大変有益で素晴らしい友達である。良き友、先人と共に私自身も成長してきたし、これからもあの世に行く日を迎えるまで、奇人、変人同士付き合いを継続して行く事になろう。「最近は人間関係が希薄に成り、本当に信頼できる友人関係の維持が難しくなっている様だ」が、貴方には「本当に親しく、信頼できる友達」は何人います?
2017年9月27日水曜日
今日は我が人生の歩みを振り返って。。
今日はコーヒーを飲みながら、今迄自分が歩んできた事柄を、何気なく振り返ってみた。幼稚園時代、小学校時代、中学校時代、高校時代、社会で経験した数々の事柄、大学時代、学位取得の為の留学時代、東京で高校や中学で教師をしていたころ。大学で教鞭を執っていた頃と、次々と我が人生の歩みが新鮮に蘇って来て、何となく懐かしい。老齢になった今、我が人生に悔いなしと、我が人生に満足感が得られ、何となく幸せな一日だった。我が人生に関わる人間関係については明日記してみたいと思います。
2017年9月26日火曜日
今日も良い一日でした
今日も何気ない一日で、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました。特にこれと言って特別変わった事、良い事、悪い事が有った訳ではなく、平々凡々の一日でしたが、悪い事が無い事は、良い一日と考える様にしているので、今日も良い一日だったと言う訳です。同じ一日の時間を過ごすのに、床に着く前に、今日も良い一日だったと言って眠れる事は、幸せと言う事かもしれないね。欲をかかずに、特別何かを期待するのではなく、平々凡々と一日を過ごせ、悪い事が無ければ、良い一日と言えるのではないでしょうか?
2017年9月25日月曜日
俺は今日何をしたのだろう?
朝起きて目覚ましにコーヒーを飲んでその後雑務をこなし、あれこれコンピューターをいじくり回している内に、もう昼か。定番の軽い昼食に麺類を食べて、あっと言う間に昼飯も終わり、又コーヒーを飲んで、午後からの予定を考える。今日はハーブの種を植えるべく、プランターを買いに行き、その後さっそく種上をすべく、着替え土いじりをして、5種類のハーブの種を植え終える。後は上手く成長してくれるかどうかで、運を天に任せるしかない。汗をかき、早めの風呂に入り、汗を流しスッキリ、そして冷たい物を飲んで一息。暫くラジオを聞きながら、ボートした後夕食の準備にかかる。そうこうしている内に外は薄暗くなり、簡単に夕食を済ませ、あっと言う間に今日も終わりそうだ。一日の時間があっと言う間にすぎ、今日一日の反省と明日の予定を考えている内に、今日も終わりだ。こんな生活で良いのか?、一寸疑問視しながらも今日一日を終える、時の経つのは本当に早い。。
2017年9月24日日曜日
時間は何と早く過ぎるのだろう?
ついこの前お正月を迎えたと思ったら、もう9月も終わりに近くなってしまった。あっと言う間に月日が経ち、もう今年も後半に入ってしまったのかとびっくりする。年を取ると、時間の経過が早いと言うが、私ももうすっかり年寄りになったと言う事かな?自分は今年になって、一体何をして時間を過ごして来たのだろうと考え込んでしまうが、貴方は、時間の経過をどの様に感じてますか?今年もあと3か月ほどで終わってしまうので、これからは有意義な日々を過ごすよう、気持ちを入れ替えて過ごす事にしよう。
2017年9月23日土曜日
人間の能力を伸ばすのは、言葉かけ
人間がこの世に生まれ、誰もが自分の能力を最大限伸ばし、満足、納得のいく人生を過ごしたいと願うのは、全ての人に共通する願望であろう。でもどうすれば能力を最大限伸ばす事が出来るのであろう。良く「褒めて能力を伸ばす」と言うが、確かに有効な手段であろう。最近ではこの「褒めて伸ばす」が「褒めすぎてダメにする」と言う問題も起こっているそうだ。能力を最大限に伸ばす事に大きな要因となるのは、「幼少時からの発達段階に応じた適切な言葉かけ」と言っても過言ではない。「褒めるだけではダメ」で、適切な助言、忠告、考え方のヒント、目標の設定法、目的遂行法など成長段階を考え、適切な言葉かけと言えそうだ。貴方は我が子のどの様な言葉かけをしてますか?怒ったり、文句ばかり言ってませんか?
2017年9月22日金曜日
全ての人間には、必ず何らかの能力が有る
人間とは実に素晴らしい生物で、素晴らしい能力を持っている。特に幼少時の教育次第で、人間の能力はどの様にでも伸ばす事が出来ると世界中の心理学者が述べている。その持って生まれた能力を最大限に伸ばす為には、何が必要か?勿論幼少時から永遠に続く教育、本人の学習姿勢と努力、情報、人間関係、行動力、時代の先読みが出来る事かもしれない。勿論その他にも多くの要因はあるが、大事な事は「本人の努力、意欲、目的と行動力」と言えるかもしれない。最近の子供たち、学生を見ていると「安易に何でも、楽して成功、良い成果」を願う傾向にあるが、「努力なしに能力を伸ばす事は不可能で、成功は無い」ことを肝に銘じるべきであろう。
2017年9月21日木曜日
我が子の能力、才能を見つけるのは誰の責任?
どの親でも、我が子の才能や能力を見つけ、前途明るい可能性を見い出したいと願う事は言うまでもないであろう。しかし、誰がこの能力や才能を見い出すのだろう、又は見い出せるのだろう。これは衣食住を共にする親である事は当然と言えよう。しかし、多くの親は、自分の大事な我が子の能力や才能を見い出す責任から逃れ、誰か他人、例えば学校の先生や塾の先生や部活の先生などに頼ろうとする傾向にある。一面的にしか見れないこれ等の先生が、どの様にして他人の子供の才能や能力を本気で考え、見い出そうとするのだろう。これ等の他人の意見や見解は多少参考にはなるかもしれないが、せいぜいその程度で、最終的に自分の子供の才能や能力を見い出すのは親の責任となる事は当然の理と言えよう。
2017年9月20日水曜日
親は本当に我が子を信用しているか?
子を持つ親はよく「我が子には好きな様にさせている」と絶対的に信頼して居る様な事を良く口にするが、親は我が子を本当に信頼して言うのだろうか?親から見れば、我が子は幾つになっても「子供」に見え、事ある毎に「頼もしさに欠け、考えが未熟」と考え、とかく何事にも口出しする傾向が有る。我が子のやる事に「口出しする=信用して居ない」と言う事にはならないだろうか?本当に信頼しているなら、一々口出ししないで、我が子のする事をシッカリ見守っていれば良い筈であるが、如何だろう?貴方は本当に我が子を信頼し、全て子供のする事を無言で見守れますか?
2017年9月19日火曜日
親は我が子の将来をどの様に見ている?
時代の変化は日々目まぐるしく変わり、特にIT機器の発達で、親の年代になるとこの機器の変化や進化に対応できなくなって来て居り、時代の変化に追いついていけなくなって来ている人が多い様だ。
この様な時代の変化の中で、我が子は色々なものを見聞し、体験し、どんどん成長していく訳であるが、親は「我が子の将来」をどの様に考えているのだろう?将来はサラリーマン、事業を起こす、公務員、政治家、医者、弁護士などと、親はいろいろ想像し期待と希望で胸を膨らませて居る事であろう。しかし親は大切な我が子とじっくりひざを交え、我が子の将来、進路など話し合った事が有るだろうか?または、社会を熟知した経験者として、今後の世界、日本の情勢を考えて、我が子に親として将来に対する助言をしたことはあるだろうか?「子供が好きなようにすればよい」と言って、子供任せでしょうか?
この様な時代の変化の中で、我が子は色々なものを見聞し、体験し、どんどん成長していく訳であるが、親は「我が子の将来」をどの様に考えているのだろう?将来はサラリーマン、事業を起こす、公務員、政治家、医者、弁護士などと、親はいろいろ想像し期待と希望で胸を膨らませて居る事であろう。しかし親は大切な我が子とじっくりひざを交え、我が子の将来、進路など話し合った事が有るだろうか?または、社会を熟知した経験者として、今後の世界、日本の情勢を考えて、我が子に親として将来に対する助言をしたことはあるだろうか?「子供が好きなようにすればよい」と言って、子供任せでしょうか?
2017年9月18日月曜日
親が我が子に求めるものは?
近年、運動界や芸術界で活躍する中高生が増えて、夫々それなりに活躍し、注目もされている様だ。親の願いとしては、運動でも芸術でも世の中で注目される様になれば良いと願っている事が多い様で、学校教育に求めるものは、勉強は二の次、三の次になっている傾向が有る。 以前は、学校教育に求めるものは、まず勉強であったが、最近は勉強だけでなく、運動でも、芸術でも、何でも良いから、世の中で注目され、活躍できる場が有れば、それで良しと考えが変わってきている様に感じる。確かに人生勉強ばかりでなく、以前の様に運動、芸術、部活を重視する傾向が強くなって来ているように思えるが、貴方はどの様に見てますか?親が我が子に願う事は「勉強も、運動も、芸術も全て出来る事が一番」と考えるのだろうが、これはなかなか難しい事の様だ。貴方は親として、大切な我が子に何を求めますか?
2017年9月17日日曜日
学校教育は「生徒ファースト」か?
日本の巷では、何事にも「XXファースト」と言う言葉が流行している様で、政治家や地方自治体でも「OOファースト」と命名している。トランプ氏が「アメリカファースト」と言う言葉を使い始めて、世界でこの言葉が大流行し、日本人はこの言葉をコピーして好んで使用しているが、実際は「OOファースト」は言葉だけで、行動が伴っておらず、全て自分が手柄を立てる為の「自分ファースト」となっている。学校教育現場では「学生ファースト、生徒ファースト」で教育が実践されて居るのであろうか?いじめや自殺する生徒が居る限り、どう見ても学習者ファーストの教育実践とは考えられないが、如何だろう? 日本の学校教育の現場のファーストとは何だろう?
2017年9月16日土曜日
我が子に求め過ぎる親
大切な我が子の可能性を信じてか否は分からないが、親が我が子に色々と求め過ぎる傾向が有る様だ。特に学生時代の我が子には、口を開けば「勉強」である。今の学生は勉強、部活、習い事で、スケジュールびっしりで忙しいにもかかわらず、親は子供の気持ちも知らずか無視して、何でもよく深く求め過ぎる。それ故子供たちは、親に文句を言われない様に、又怒られない様に、勉強している振りをする事も多い様だ。いわばこれは子供たちの自己防御の為に知恵かもしれない。しかし、勉強(勉強している振り?)しても、テスト結果はそれ程芳しくなければ、また親から文句を言われ、家に居ても肩身の狭い思いをしている事が多い様だ。親は我が子に色々要求しているが、「親が自分に子供に要求する事を求めたら、全て実行できるか」を問えば、殆どの親は「出来ない」と答える。親は希望的観測のみで、自分に出来ない事までも我が子に求めるのは、もういい加減にしては如何だろう?貴方は我が子に求め過ぎていませんか?
2017年9月14日木曜日
自立できない子供、自立させない親
どの親も我が子が世界一かわいく、大切であることは、世界共通であろう。日本では昔から「子供に対して過保護すぎる」と世界中から見なされ、今もその傾向に変化はなさそうだ。欧米諸国での子供への躾は「早く独立させる為、何でも自分でさせる」が家庭、学校の基本教育である。日本の親は、我が子が親に頼って来てくれる事に快感、安心感、満足感を感じる様で、いつまでも子供が親に頼ってくれる事を期待する。一方親も、子供の為に我が身を犠牲にして、一生懸命貢献し、一つでも子供の苦労を少なくするべき全身をアンテナにして「落ち度は無いか」と必死の様だ。この様な親の行き過ぎた(子供を信用していない)行動が、子供をいつまで経っても自立させず、子供はいつまで経っても自立しないし、出来ないのである。中には、子供が頼ってくれる事で、親の責任、役割と誤解している親も多い世の中ですがね。貴方は子供の親として、どの様な親だと思います?我が子の家庭教育の目的、重要性をシッカリ考える必要が有りそうです。
2017年9月13日水曜日
子供をダメにする親たち
子供を持つ親は、大切な我が子の為なら、何を犠牲にしても良いくらいの覚悟で、日々頑張っている様だ。しかし、この親の、特に母親の頑張りが時々はき違えて居る様に感じてます。我が子に何一つ苦労や心配、失敗などさせまいと、親が必至で、子供のすべてを管理、調整、準備をし、子供が自分で出来る事、自分で考えて行動する事などを出来ない様にしてしまっており、完全に我が子を「他力本願」の生き方にし、「自立、自力本願」と言う考え方や行動を妨げている。子供が自分ですべき事、自分で出来る事でも、何でも親がやってしまい、時には親が先読みして準備する為、子供はいつまで経っても自立は出来ず、何も出来ない様になって来ている。この様な親は子供の為と思って努力しも、結局のところ子供の能力、経験、学習のチャンスを排除して、子供をダメな人間にしているのである。 「頑張り過ぎるお母さん、少し子供の事もう少し考え直した方が良いよ」
2017年9月12日火曜日
自学自習の出来ない学生
最近の学生たちは、昔の学生に比べよく勉強する(させられている?)と感じ、「良くもマー勉強ばかり頑張るねー」と感心するばかりである。常に勉強ばかりしている我が子を見る親は、「うちの子は勉強しろと言わなくても、よく勉強して、手が掛からなくて良いわー」等と喜んでいる様だ。確かに良く勉強し、結果も出してくれれば、これ程喜ばしい事は無い。私の目から見ると行き過ぎた学習は「異常」としか見えない。学生は朝から昼過ぎまで学校で勉強、その後部活、そして塾や習い事などと、一流企業の社長の様に、スケジュールがびっしりで、学生時代の青春、学生時代の楽しい遊びなどない様だ。それ程までに勉強、塾通いをしていながら、学習効率も良くないし、テスト結果も思わしくない学生が多い。また、良く勉強すると言っても、誰か人に教えて貰うか、傍についているか、言われた事しか出来なくなっており、自分で計画し、自己管理して学習を進める、いわゆる自学自習が出来ないのである。これでは「勉強させられている操り人形で、それ程身にも知識にもならず、何の為の勉強なのかわからない」と思えてしまうが、貴方はどう思う?
2017年9月11日月曜日
学校は教育現場と言うより、会社?
学校は子供たちの教育に携わる神聖な場所」とよく言われていたが、最近の学校は、「教育と言うより、株式会社並みの利潤追求?」と言っても過言ではなくなって来ている所も多い。以前、学校はそれほど親の費用負担も多くなく、本当に安心、信頼して、大切な我が子を預け、任せる事が出来た。しかし、最近の学校ではどうだろう?授業料免除と言いながら、授業料以外の物に結構経費がかかり、親も楽ではない。まず、制服、持ち物、行事など何かにつけ金がかかるし、教師の不祥事も多く、学校行事や部活、諸活動には親まで駆り出され、「安心、安全に学校や教師を信頼して、大切な我が子を預けられない」と言うのが親の本音の様だ。学校の本来のあるべき姿、役割、意味、価値を、教育の原点に立ち返り、再検討する必要が有るのでは?今の学校は本当に変だと考える人は多い様だ。あなたは学校をどの様に見てます?
2017年9月10日日曜日
機器による教育で「いじめ問題」は解消?
いじめや過激な指導により自殺に追い込まれる生徒が少なくない現在の学校教育、教師による不祥事など余りにも問題が多すぎる様だ。教師も学校も無くなり、学習危機による教育に変われば、現在抱えている諸問題はかなり縮小される可能性は大きい様だ。学習指導に関しても、教師は感情的に成ったり、学校内の雑務に追われ、十分な指導体制、研究なども出来なくなっており、ストレスもたまっており、そのストレスの発散口が生徒に向かったりする事も多い様だ。教師ではなく、機器による指導では、説明、例題、学習進度も生徒個々のペースで進められ、いじめや指導する側の過度の指導や教師の感情的な指導などでにより、生徒を自殺に追い込むようなことも無くなり、「安心、安全に、落ち着いて学習が進められる環境が整う」と考えられるのでは?
2017年9月9日土曜日
親が子供の為と思ってやっている事は、本当に子供の為?
どの親も我が子の成功、成長の為なら、子供が全てと全身全霊で貢献しようと努力する。しかし、その親の必死の努力や思いは、中々子供には伝わらず、むしろ「ウザーイ」「迷惑行為」「干渉し過ぎ」等と考えられている事が多い様だ。親の気持ちは報いられない事も多く、寂しい思いをする親も多い様だが、実際問題、親が我が子の為にやっている事は、本当に子供の為に成っているか、本当に子供の為に行動しているのか、もしかして「親の面子や、親自身が恥をかかない為とか、親の面目とか、評判を気にして居るのではないか」と考えた事はあるのだろうか?親が子供に代わって何でも良かれと思ってやっている事が、子供の自立、考える力、行動する力、自立心、自己管理能力の育成、新たな経験を剥奪し、結局は子供の能力を奪っている事が多い事に気ずくべきではないだろうか?「親の手助け、必ずしもこの為に成らず」ですよ。
教師より機械の方が指導力あり?
日本の学校教育現場では、コンピュータ、アプリ、IT機器の導入を積極的に進め、それなりに教育効果を出している様だ。またこれらの機器を積極的に取り入れる学校も増え、学生たちは自分のペースで学習を進めさせている教育機関も多い様だ。現職の教師よりも機器の方が説明が分かりやすく丁寧」と評判も良い。このまま進めば、更に優れた教育機器がどんどん開発され、今以上に現職教師より優れた教育効果を出しそうだ。最終的には教師も学校も不必要となり、機器による教育で子供が育つ時代も、そう遠くはなさそうだ。学校も最近は教育と言うより金儲け的に考えている所も多いしね。
2017年9月8日金曜日
学校不必要時代が来るか?
学校教育現場では、今や「安心、安全、落ち着いて学習できる場所」とはかけ離れつつあるようだ。「いじめ問題、行き過ぎた指導、教師の質と人間性、指導力の低下、学生の人口減少」等など多大な問題が有る様だ。学校教育での指導よりも、今やコンピューター、IT機器、アプリなど、便利で指導力もある機器が続出している。現に義務教育は別として、高等教育では通信教育、IT機器利用での教育機関も増えており、アメリカでも学校に通う子供たちは激減している。日本も近い将来、現教師や学校よりも優れた教育をし、現在学校で起こっている諸問題も激減すると言う事で、学校不必要時代が来そうだ。
2017年9月7日木曜日
公共学校教育現場から、何故自殺者を出す?
公共学校教育現場は、本来「安心、安全に教育を受けられる場所」である筈であるが、近年学生の自殺者が度々出て、問題になっている。学生が自殺する原因は多種多様であろうが、近年問題になっている主な原因は「生徒間同士のいじめと教師から生徒に対するいじめ」と「教師による行き過ぎた教育と心無い教師の言葉や体罰」の様だ。自殺に追いやられた親は、「大切な我が子が自殺に追いやられて、学校で殺された」と感じている事が多い様だ。学生が自殺した場合、学校や教育委員会は、多くの場合「生徒の自殺と学校教育現場の因果関係は無い」と「学校内での『いじめ』は確認できない」と述べ、専門調査会が立ち上げられ、後日学校や教育委員会が調査の結果「いじめを認める」事が多い。これが教育基本法に記されている「教育を受ける義務」を実施している公共学校教育現場なのだろうか?学校教育現場からは、万全の態勢を組み、如何なる自殺者を出してはならない筈であろう。自殺者の出す様な学校教育現場は、教育機関としての資格も意味も価値が無いのでは?
2017年9月6日水曜日
入学試験制度は本当に必要?
日本の学校教育機関では必ず入学試験が伴ってくる。幼稚園や小学校でさえ、自分の教育機関はほかの教育機関と差別化する為に入学試験を実施するところもある。市町村公立の公共学校機関では幼稚園や小学校、中学校の入学試験は、殆ど無いが、公立の高校入学に関しては、必ず入学試験が有る様だ。それ故、中学校での学習内容は、本来人間として学ぶべき内容とはズレれが生じ、入学試験準備の為の予備校の様で、本来の教育の本質からずれて居る様に思えてならない。また入学試験も、単なる形式的な物に見える。
現在の日本での高校進学率はほぼ100%に近いのだから、高校入学試験制度を廃止し、学生には試験の為の勉強ではなく、教育本来の学習をさせても良いのではないか?大学入学試験の為の教育に力を入れている、いわゆる進学学校では、この意見には反対する事は理解できるが、この様な学校は公立ではなく、私立学校にして大学入学予備校にしては如何だろうか?
現在の日本での高校進学率はほぼ100%に近いのだから、高校入学試験制度を廃止し、学生には試験の為の勉強ではなく、教育本来の学習をさせても良いのではないか?大学入学試験の為の教育に力を入れている、いわゆる進学学校では、この意見には反対する事は理解できるが、この様な学校は公立ではなく、私立学校にして大学入学予備校にしては如何だろうか?
2017年9月5日火曜日
過酷な部活?
学校教育の中では、文武両道をモットーとしている学校も多く、学習活動に力を入れると共に、クラブ活動もしっかり実施するよう勧めている。確かに心身ともに健全に教育して行く為には、文武両道は良い事と言える。しかし、学校やクラブの種類によっては、特に運動クラブは連日の練習で日曜祭日、夏休み、冬休み、春休みも殆ど無く、試合に向けての練習が続く。指導する側も、指導される側も、又クラブに入っている親も時折駆り出され、本当に大変の様だ。クラブが休みになるのは大きな試験の前だけで、それ以外はほとんど毎日の練習。これはちょっと過酷過ぎではないだろうか?文武両道は大変結構、でも行き過ぎた指導、過酷な指導、時にはいじめ、体罰などは如何なものだろうか?クラブ活動の目的は試合に勝つ事だけ?
2017年9月4日月曜日
学校教育本来の目的は何?
日本の学校教育の様子を見ていると、学校教育本来の目的は何かと考える事が多い。どの学校も教育成果を出す為に、教職員は一生懸命教科や部活指導をし、テスト、試合、発表等でより良い教育効果を出そうとする。これ等の事は教育の本質に叶った行為であると思われるが、ただ最近ではより指導の成果や指導結果を示す為、行き過ぎた指導が目に付く。所謂行き過ぎた指導の為に虐待に似た体罰や罵倒が頻繁に行われている事が報道されている。学校教育の本来の目的を根底から考え、その目的を達成する為の指導体制を再度慎重に検討し、「公共学校教育の目的、指導の実施とは何か」を見直す必要がるのではないだろうか?
2017年9月3日日曜日
今の学生を見ていると可哀想
学生が楽しみにしている夏休みも終え、いよいよ2学期が始まる。各生徒によって学校の存在意義、楽しみ、嫌な所と、夫々に思いが有ると思うが、本当に心から楽しみに学校に行っているのはどの位居るのだろう?学校での授業、部活、友達関係など楽しみが有る一面、これらの事が嫌で学校に行きたくないと言う学生も居る。特に大学進学に力を入れた大学予備校並みの進学学校は、夏休み、冬休み、春休みなど殆どなく、ひたすら登校して、受験テクニックの指導を受ける。私の目から見て、日本の学校教育の意義、勝ち、目的は、本来の教育の本質に叶っているのだろうか?勉強、塾通いに通わされて、貴重な青春時代をひたすら勉強で過ごさなければならない様子を見て、可哀想としか思えない。貴方はどう考えます?
2017年9月2日土曜日
金正恩は何でも自分の思い通りになると考えている?
世界中の多くの有識者は「馬鹿な金正恩はこの世界は全て自分の思い通りになると考えている」と思っているそうだ。「本来世界が自分の思い通りになると考えること自体、愚者の考えで、世界中には無数の賢者が居る事を知らない、思い上がりの無知者と言える」とも付け加えている。「この地球が自分の為に回り、自分の為だけにあると考える事は、世界を知らない愚か者の発想」とも述べている。「多くの世界のジャーナリストは「その内北朝鮮が攻撃されて廃墟となり、金正恩がこの世に存在しなくなるだろう」と警告も発している。
2017年9月1日金曜日
北朝鮮、世界中から非難の的
北朝鮮の度重なるミサイル発射で、日、米、韓を挑発し続けており、世界中から非難の的になっている。何を言っても聞く耳を持たない金正恩は、今後もミサイル、核開発を続けて行くと世界中は見なしている。北朝鮮、金正恩の強気の理由、核開発やミサイル開発と発射、挑発や口汚い他国への口撃の理由は、世界中が北朝鮮、金正恩を非難しても、中国やロシアが常に金正恩をあの手この手で支援、擁護している為である事は、全世界が承知の通りである。中国、ロシアが有る限り、金正恩は今後も核開発もミサイル開発も、発射もやむ事は無いと世界中が見なしている。金正恩が消滅するまで現状に変化は無いと諦めている人々も多い様だ。
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