2018年11月4日日曜日

ジャーナリスト解放についての意見はバッシングか?

シリアで拘束されていた人物の解放、帰国に関し、多くの人が「自己責任」「ジャーナリスト救出」について、夫々が考える事柄を述べている。多くの意見は、ジャーナリストに対する非難、怒りが圧倒的に多い様だ。意見、考えを述べる事は、内容はどうあれ、各自の自由であるが、今回のジャーナリスト解放と帰国に関しては、「恥を知れ」「何故帰国した」「税金の無駄使い」等と、痛烈、厳しい意見が多い様だ。これ等の意見を「バッシング」と捉えるか、「各自の意見、考え方」と捉えるかは、読者次第であろう。以前に拘束され、今回も拘束され、多くの人は「何も学ばないで、同じ事を繰り返し、日本政府はじめ、多くの人に心配をかけている、実に迷惑者」と考えている事も事実である。今回のジャーナリストを武装勢力が拘束し、そこからの解放と帰国に関しては、大変厳しい批判や怒りが多いが、これは単なる「バッシング」と捉えるのではなく、「夫々の意見」と捉えるべきであろう。多くの人は「この人間は、また戦闘地や紛争地などの危険地域に行くだろう」と考えている様だ。

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