2023年2月28日火曜日

性悪説で「差別、比較、選択、選別」は人間の本能?

 人間は日々意識する事なく比較、選別、選択を基準に日常生活を営み差別をしている事が多い。性悪説と言って「人間は生まれつき悪である」とか人間の本能論では「人間は本来残酷な生き物」等と言われている。これらの行動は自分自身を守る為の本能の一部と言われている。「好き、嫌い、良い、悪い、比較して良い物を取る。比較して自分に都合の良い物を選択する」等々日々の生活で自分に必要と都合に応じ活用して生きている。この差別、選別などを何に向け、その結果を表に出すか出さないかで多くの問題を生じさせる場合もある。人間に対し差別、選別、比較、選択をし行動に表せば大きな問題になるが、物に対して何ら問題はない。日頃頻繁に差別問題と大きく取り上げているが、「差別は人間と言う生物の本能」を理解した上で取り扱う必要がある。人間なら誰でも差別されれば不愉快で差別されたくない筈だが、そういう人間でも自分では他の誰かを無意識に差別しているが気ずかないか、気ずきたくないか、容認して自己弁護しているのである。「差別と感じるか否か」は「自分が他を差別をしていれば感じる事であり、自分が差別していなければ、差別は感じない」と言う学者もいうる。差別と言う事に関しては根本的に再度考えて使用すべき言葉ではないだろうか?

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