「人は3人集まれば苛めが始まる、対立する、勢力争いをする」とは、誰もが知っている、世界共通の問題であり、老若男女、何処でも、誰にでも当てはまる事の様だ。宗教界の勢力争い、対立は何処でも可なり熾烈らしく、特にカトリック教は神父の出世の為、地位獲得の為には、「顔で笑って、心で策略を練る」と凄まじい争いが有るそうだ。話に依ると、カトリック教の神父にも色々いる様で、「これが神の導きにより、一般の人達を指導して行く立場か?」と疑いたくなる様な、心の醜い神父たちも多いそうだ。神父同士の醜い争いや派閥争い、裏切り行為のような場面を信者、信徒、修道士、修道女たちは数多く見るらしい。「要するに神父と言う地位にある人は、次に大司教や枢機卿の地位を狙うのか、同じ神父でも主導権を握って優位な立場になりたいのか、単なる欲とサガの主張か」と、対立する神父たちは主導権争い、権力争い、強欲さ丸出しの醜い闘争に明け暮れているそうだ。我関せずの神父たちの話に依ると、グループは地獄派と天国派の二つに分かれ、地獄派は、度々報道にも有った様に、「自分たちの悪事や性暴力など、他人の人権無視など、全く気にも留めず、自分の為なら裏切りなど当たり前」で、天国派は「常識的で、正義感の強い、正に神の教えそのもの」だそうだ。カトリック信者、信徒、関係者の中には「これが神の道を教えるカトリック?これが人を導く聖職者?」と、失望と蔑みの気持ちで、嘆いているカトリック宗教関係も多いそうだ。
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