2019年12月1日日曜日

宗教戦争や争い事、トラブルの絶え無いキリスト教が平和を語る?

カトリック教やプロテスタントキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の原点は全てキリストと言われ、キリスト教では只管で「祈りなさい、神を信じなさい、信じる者は救われる、平和が訪れる。祈れば全ての罪は許される」等と言う。宗教の歴史上、常に宗教戦争、宗教間の争い、同じキリスト教同士のトラブルが絶えないのに、「平和?」なんて言えるの?キリスト教信者は神の存在を信じ、平和と幸せを求め、祈り続けているそうだ。「人間社会、世界は、そんな安易な所ではなく、神を信じ、真剣にキリストやマリアの像に向かってよく祈れる」と無宗教の人や現実主義の人たちは言う。「この世に神など存在せず、神を信じられるの?神とは何?生き神様とか言うけれど、人間が神になる事は不可能なのに、全てが現実離れしている」と見る人は多い。「祈れば全ての罪は許されるなどと言って、カトリック聖職者は、性虐待や性奴隷化問題を正当化し、罪から逃れ、隠蔽している」と言われている。人間は人間以外の何物でもない。「神に祈るのは、心の依り所、心の持ちよう」等と信者は言うけれど、「存在しない神の像に祈りをすること自体、馬鹿げている」と言う人も多いが、果たしてどうなのだろう?実際祈っても何も実現しないが「実現した」と、信者は思いたいのかもしれない。あなたはキリスト教、カトリック教をどの様に考えてます?

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