大分以前から日本語の中に頻繁にカタカナ語?か英語?が急増している様で、言ってる内容が十分理解出来ない発話が気になっている。カタカナ語でも英語でも如何でも良いが、立派で美しい日本語で、何故話をしないのだろう。カタカナ語や英語に代わる日本語が無い訳でもないのに、何故これらの良く理解出来ないカタカナ語を使うのだろう。特に政治家と言われる人は、実に酷い。「この政治家は本当にカタカナ語や英語、ちゃんと理解して話しているの?」とその政治家の知能、能力を疑ってしまう事が多い。「英語で話すならちゃんと最後まで英語で話しなさいよ」「カタカナ語でも最後までカタカナ語で話し通しなさいよ」と言いたい人は多い様だ。一部のみカタカナ語や英語を使って政治家やこれ等の語を利用する人は、この英語やカタカナ語に相当する日本語を知らないの?もしそうなら、その人は日本人じゃなくて外国人?と尋ねたくなる。
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