2017年5月6日土曜日

言葉は便利、でも真意が伝わらず危険?

私たちは、言葉を毎日意思疎通の道具として、何気なく使用している。言葉は確かに意思疎通をする道具としては、実に便利で、我々人間はその恩恵に何ら気にする事無く恩恵に預かっている。所が、考え方、見方を変えれば「言葉は実に曖昧で、自分の意志や真意の全てを、相手に正確に伝える事は不可能」と言え、更に「人を誤解させたり、解釈の相違、騙したりできる危険な道具でもある」と言語学者は述べる。その例として、他人が「お腹が痛い」と言った時、それを聞いた人は「何となくお腹が痛い」と言う事を、自分の過去の経験をもとに、勝手に他人のお腹の痛さを想像して、分かったような気になる。「その人の痛みの程度、どの様に痛いか」は、真意はほとんど伝わらず、「何となくこんな風に痛いんだろうな」と想像する程度で、完全に、正確には理解出来ないのである。また「言葉の危険」については、皆が知っている様に「言葉による犯罪、詐欺行為」である。「相手を上手く口車に乗せて、他人の金品、財産を奪う事」に言葉を利用する事である。言葉の便利さと共に、言葉の危険性、曖昧さも、もう一度考えて使用する必要もありそうだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿