2019年4月2日火曜日

「性の奴隷化、性虐待」を犯罪と感じていない神父

幼少の時からカトリック教の神父になる様教育された人達は、一生結婚せず、神に我が身を投じ、独身を守るそうだ。しかし、その反動で、性に関する考え方が、通常の人達とは全く異なるそうだ。カトリック教の神父や聖職者たちは、性の奴隷化、性虐待で被害者を出す事は、神から認めれた事、当然の事として、昔から日常的に実行していたらしい。それ故、カトリック教の神父や聖職者は、「自分の性的欲求不満解消の為の性虐待や性奴隷化で、信徒に被害を与えてる事も当然」で、神から認めら、悪い事、罪と言う意識は無いらしい。この説明は神父や聖職者たちの罪逃れか、自分の正当性の主張か、全く理解出来ないが、通常の人間には到底考えられない、異常な事であろう。神父や聖職者たちは、性虐待、性奴隷化の被害者をどの様に考えて居るのだろう?性の奴隷化、性虐待をして、他人を傷つけ、人権侵害をするなら、独身で神父や聖職者の地位や組織を守る為、秘密、罪の隠蔽など、異常な規則で、廃止すべきではないか?この様な人物が神父として、神職として神に全身全霊貢献するなど、聞いて呆れてしまうという人は多い。通常の常識的な人間から見れば、この様な犯罪をする者は、人間として最低ではないか?と、常識的な人なら考えるのではないだろうか?

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