2017年1月26日木曜日

学校でのいじめや虐待 - 学校は何の為にある

親が我が子を虐待するという、実に惨い事柄が、穏やかな人種とされる日本人、日本社会にも、日常的にある様だ。一般の目に触れ、事件化され、報道されるのは、悲惨な結果や死に至った場合ばかりで、虐待その物はそれ程多くない様に感じている人は少なくない様だ。いわゆる、人目に付かずに行われる、隠れた虐待は相当数に上ると考えられている。一般的に虐待と言えば、肉体的な暴行、暴力と見られているが、言葉による暴力も、見逃せない虐待行為である。
言葉の暴力によって、時には複(多)数の人達で、特定の人物を心理的に追い詰め、死に追いやる事も多々ある。この複(多)数が、言葉の暴力や心理的に追い詰めていく行為は、「いじめ」として学校では多く発生している様だ。過激な言葉が数名から多数の生徒によって、特定の生徒に向けられ、「きもい」「汚い」「学校に来るな」とか、エスカレートすれば「死ね」と、SNS、メールなどで、時には直接、面と向かって言って、死に追いやるのである。何と残酷な行為でろう、良識ある人間の行く事とは考えられない。いじめの犠牲になった人達は、「我が子が学校に通った為に、この様な悲劇に追いやられた」と考えずには居られない筈である。いじめて死に追いやられた本人、家族、親族、知人、友人は、「学校は何の為にある?」「子供を殺すため?}と問いたい事であろう。

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