年々を取って行く事は、高齢者にとっては、精神的、肉体的弱体化の不安材料が増える事でもあり、毎年の誕生日が辛いと感じている人も居る。高齢者に成れば、健康的にも不安になり、肉体的な病よりも精神的病が、特に不安材料としては大きい。高齢者の代表的な不安は、「自分の家族や伴侶の顔も存在も認識できなく、自分自身までも認識できなくなる認知症」であろう。高齢者は精神的に正常な時には「家族初め、我が子や孫に迷惑を掛けたくない」と日々考えながら生活している。しかし、認知症に成ってしまえば、正常な意識は無くなり、「人に迷惑をかける行動ばかりの連続で、『他人へ迷惑を掛けたくない』と言う意識は殆ど消滅する」と言える。他人に悪態をついたり、暴れたり、食事から入浴、トイレの世話などあらゆる点で、年中他人に迷惑を掛ける事に成る。高齢者全てが、これらの事で、「将来的に他人へ迷惑な事をかけたくない」と言っていていても、いざ認知症になれば、罪悪感も他人への配慮、良心も無くなり、家族には多大な迷惑を掛けてしまう。この事を高齢者は常に考え、不安、不憫に思い、「安楽死」「尊厳死」を希望する人も増えている。生かされる、生きる事が辛いと本人が考え、安楽死を希望するなら、政府も医師会も「積極的安楽死」を認可、容認する時代になっているのではないだろうか?人の幸せは各人各様で、最終的には「自分が納得、満足する道」を選び、決定しても良いかもしれない。、
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