今の高齢化の進む日本では、人知れず老々介護で、身も心もすっかり疲れ果て、「生きる喜び、生き甲斐、生きる目的」など何も考えず、ひたすら長く連れ添ったパートナーに、誠心誠意、全身全霊で介護に専念している人達は少なくない。しかし、残念な事に、高齢の為、介護する側にも身体的、精神的、経済的にも限界があり、最終的に「もうこれ以上介護は出来ない」「家族にも誰にも迷惑かける事も出来ないし、最終手段で最善策として、パートナーと共に死のう」と考え、心中する高齢者は多い。心中しても、どちらか一方が生き残った場合、法的には「殺人罪、自殺幇助罪」として扱われ、裁判にかけられる事になる。「老々介護がどれ程過酷で大変な事か」など、それ程酌量される事なく判決が言い渡される事もある。誰も「長年苦楽を共にしてきた最愛の人間を殺したくて、自分で死にたくて、伴侶と心中したくて、大切な人を死に追いやったりする訳もそんな人もない」のだ。老々介護での諸事件(犯罪?)は、情状酌量で、特別な対処法や寛大な裁定を出来ないのだろうか?老々介護で、心中に失敗し、生き残った時、「自分だけが生き残った事、パートナーを死なせた罪悪感を背負い、余生を犯罪者として刑務所で過ごす」には、余りにも残酷な人生終末と考えるが、如何だろうか?現代の日本、未来の日本、益々深刻な超高齢化社会となって、先行き見通しは暗いように思言えるが、如何だろう。
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