2017年2月16日木曜日

対話?議論?ケンカ?--喧嘩から何が生まれる?

国会での質疑応答、大人の対話、青年の議論と、色々な場面や人々の話し合いらしき物をよく見かけるが、時々「あれは対話?議論?ケンカ?」と疑問を持つ場面が多い。冷静沈着に何らかの話題で、発展的な意見交換をするなら議論、対話と言えるのだが、時々感情をむき出しにして、自己主張を強引に相手に納得させ(認めさせ)様としている様子を目にする。どう見ても理性的に対話や議論ではなく、言い争い、ケンカとしか映らない事が有る。議論、対話、意見交換と喧嘩の違いは何かといえば、喧嘩の場合は「感情をむき出しにし、声を荒げ、発話速度も速く、相手の言う事を聞こうとせず、自己主張を無理やり、威嚇、恫喝などで納得させようとする。一方、話し合い、対話、意見交換の場合は、話す速度は一定で、語気も荒げず、冷静に相手の意見も聞こうとする姿勢で、実に理知的に、発展性のある話題、理論展開、問題解決に成る。対話、話し合いが、いつの間にか喧嘩になっている事を多く見かけるが、彼らはどんな思い、姿勢で話し合いに向き合っているのだろう。国会討論、質疑応答など国会議員の話し方や内容を見るが、「感情的で、説得力の無い話し方、相手をやっつけよう」とする、感情のぶつけ合いで、次元の低いもので、日本の政治家の質の低さには、実にがっかりする。
  対話、議論、意見交換からは良い結果が得られるが、喧嘩からは憎しみしか生まれない。

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